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ドラクル2徹底攻略

菅前首相の勘違い
たとえ隠したいと願っても、隠しきれるものではないのだろう。

東京電力福島第1原発事故に関する政府の事故調査・検証委員会が昨年12月にまとめた中間報告で、当時の首相官邸、とりわけ菅直人前首相自身のパニックと暴走が無用の混乱を招いていたことが改めて裏付けられた。

現場は過酷な条件の下、第1原発1号機のベント(排気)に半ば死を覚悟して取り組んでいた。ところが菅氏は東電側が「ベントをためらっている」と誤解し、いらだちを募らせた結果、東日本大震災翌日の3月12日早朝に急遽(きゅうきょ)、現地に乗り込んだ。

「首相の対応に多くの幹部を割く余裕はなく、自分一人で対応しようと決めた」

吉田昌郎所長(当時)は事故調にこう証言している。政府の現地対策本部長だった池田元久前経済産業副大臣も、菅氏の様子を東日本大震災発生後5日間を記録した覚書にこう書いている。

「初めから詰問調であった。『なぜベントをやらないのか』という趣旨だったと思う。怒鳴り声ばかり聞こえ、話の内容はそばにいてもよく分からなかった」

「『何のために俺がここに来たと思っているのか』と総理の怒声が聞こえた。これはまずい。一般作業員の前で言うとは」

当時、菅氏の周辺は盛んに「ベントの指示を出したのに東電がなかなかやらなかった」との情報を流していた。だが、その間の事情を知る官邸筋は明言する。「それは大嘘だ。むしろ官邸側は東電に、『何事も指示なく勝手に進めるな』『官邸の了解なしに判断するな』と指示していた」

菅氏の無理な現地視察がベント作業の遅れにつながり、水素爆発が起きた可能性は否定できない。

東電撤退も誤解
3月14日夜、2号機原子炉の破損を懸念した吉田所長が東電本店に「必要な人員を残して作業員を敷地外へ退避させるべきだ」と相談した際にも、「伝言ゲーム」の過程で誤解が生じた。

これを官邸側は「東電が全面撤退」と受け取り、菅氏は15日午前4時ごろに清水正孝社長を官邸に呼び出した。清水社長は「そんなことは考えていない」と明確に否定したが菅氏は納得せず、午前5時半ごろに東電本店に乗り込み、再び怒鳴り散らす。

「いったい、どうなっているんだ! あなたたちしかいないでしょ。撤退などありえない。撤退すれば東電は百パーセントつぶれる」

このとき、菅氏は大勢の東電社員が徹夜で作業を続けていたオペレーションルームを会議室と勘違いし、こんな怒声も上げた。

「こんなにいっぱい人がいるところじゃ、物事は何も決まらないんだ。何をしているんだ!」

その場は同席者が何とか収め、菅氏を別部屋に案内したが、菅氏は結局3時間11分も居座り作業を邪魔した。このときも、菅氏周辺から「全面撤退を菅さんが体を張って止めた」「菅さんが首相でよかった」などという情報、コメントがまことしやかに流された。

だが、東電の勝俣恒久会長は3月30日の記者会見で明確にこう否定している。

「施設にいた800人を超える職員のうち、直接、発電所の運転に関わらない半数の作業員は退去を考えたが、全員を退去させるということは決してなかった」

SPEEDIは隠蔽
中間報告は、政府が緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム「SPEEDI」を活用していれば、「住民はより適切な避難経路を選べた」と指摘している。

中間報告にはないが、官邸筋によるとこのSPEEDI情報の公開をストップしたのが当時の枝野幸男官房長官だった。

「情報はどこかで一元化して勝手に出さないように」

枝野氏が原子力安全・保安院などにこう指示した3月17日のデータでは、後に全村避難を余儀なくされた福島県飯舘村で「相当な数字が出ていた」(官邸筋)。

官邸筋は、福山哲郎官房副長官(当時)が後に官邸内で「(枝野)官房長官が『情報管理を徹底しろ』という趣旨のことを言ったにしても、ちゃんと必要な情報は公開すべきではなかったか」と議論していたのを記憶している。

昨年12月には、この政府の事故調とは別に国会に事故調査委員会が設けられた。国会の事故調は、国政調査権に基づき証人喚問や資料提出を要請できるため、菅氏らの聴取が実現するかが焦点だ。

「国会の事故調で徹底して原因究明、責任追及をやるべきだ。菅氏も含めて、場合によっては牢屋(ろうや)に入れることが必要だ」

みんなの党の渡辺喜美代表のこの主張通り、二度と悲劇と愚行を繰り返さないため全容解明が待たれている。(あびる るい)

菅前首相の勘違い
たとえ隠したいと願っても、隠しきれるものではないのだろう。

東京電力福島第1原発事故に関する政府の事故調査・検証委員会が昨年12月にまとめた中間報告で、当時の首相官邸、とりわけ菅直人前首相自身のパニックと暴走が無用の混乱を招いていたことが改めて裏付けられた。

現場は過酷な条件の下、第1原発1号機のベント(排気)に半ば死を覚悟して取り組んでいた。ところが菅氏は東電側が「ベントをためらっている」と誤解し、いらだちを募らせた結果、東日本大震災翌日の3月12日早朝に急遽(きゅうきょ)、現地に乗り込んだ。

「首相の対応に多くの幹部を割く余裕はなく、自分一人で対応しようと決めた」

吉田昌郎所長(当時)は事故調にこう証言している。政府の現地対策本部長だった池田元久前経済産業副大臣も、菅氏の様子を東日本大震災発生後5日間を記録した覚書にこう書いている。

「初めから詰問調であった。『なぜベントをやらないのか』という趣旨だったと思う。怒鳴り声ばかり聞こえ、話の内容はそばにいてもよく分からなかった」

「『何のために俺がここに来たと思っているのか』と総理の怒声が聞こえた。これはまずい。一般作業員の前で言うとは」

当時、菅氏の周辺は盛んに「ベントの指示を出したのに東電がなかなかやらなかった」との情報を流していた。だが、その間の事情を知る官邸筋は明言する。「それは大嘘だ。むしろ官邸側は東電に、『何事も指示なく勝手に進めるな』『官邸の了解なしに判断するな』と指示していた」

菅氏の無理な現地視察がベント作業の遅れにつながり、水素爆発が起きた可能性は否定できない。

東電撤退も誤解
3月14日夜、2号機原子炉の破損を懸念した吉田所長が東電本店に「必要な人員を残して作業員を敷地外へ退避させるべきだ」と相談した際にも、「伝言ゲーム」の過程で誤解が生じた。

これを官邸側は「東電が全面撤退」と受け取り、菅氏は15日午前4時ごろに清水正孝社長を官邸に呼び出した。清水社長は「そんなことは考えていない」と明確に否定したが菅氏は納得せず、午前5時半ごろに東電本店に乗り込み、再び怒鳴り散らす。

「いったい、どうなっているんだ! あなたたちしかいないでしょ。撤退などありえない。撤退すれば東電は百パーセントつぶれる」

このとき、菅氏は大勢の東電社員が徹夜で作業を続けていたオペレーションルームを会議室と勘違いし、こんな怒声も上げた。

「こんなにいっぱい人がいるところじゃ、物事は何も決まらないんだ。何をしているんだ!」

その場は同席者が何とか収め、菅氏を別部屋に案内したが、菅氏は結局3時間11分も居座り作業を邪魔した。このときも、菅氏周辺から「全面撤退を菅さんが体を張って止めた」「菅さんが首相でよかった」などという情報、コメントがまことしやかに流された。

だが、東電の勝俣恒久会長は3月30日の記者会見で明確にこう否定している。

「施設にいた800人を超える職員のうち、直接、発電所の運転に関わらない半数の作業員は退去を考えたが、全員を退去させるということは決してなかった」

SPEEDIは隠蔽
中間報告は、政府が緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム「SPEEDI」を活用していれば、「住民はより適切な避難経路を選べた」と指摘している。

中間報告にはないが、官邸筋によるとこのSPEEDI情報の公開をストップしたのが当時の枝野幸男官房長官だった。

「情報はどこかで一元化して勝手に出さないように」

枝野氏が原子力安全・保安院などにこう指示した3月17日のデータでは、後に全村避難を余儀なくされた福島県飯舘村で「相当な数字が出ていた」(官邸筋)。

官邸筋は、福山哲郎官房副長官(当時)が後に官邸内で「(枝野)官房長官が『情報管理を徹底しろ』という趣旨のことを言ったにしても、ちゃんと必要な情報は公開すべきではなかったか」と議論していたのを記憶している。

昨年12月には、この政府の事故調とは別に国会に事故調査委員会が設けられた。国会の事故調は、国政調査権に基づき証人喚問や資料提出を要請できるため、菅氏らの聴取が実現するかが焦点だ。

「国会の事故調で徹底して原因究明、責任追及をやるべきだ。菅氏も含めて、場合によっては牢屋(ろうや)に入れることが必要だ」

みんなの党の渡辺喜美代表のこの主張通り、二度と悲劇と愚行を繰り返さないため全容解明が待たれている。(あびる るい)

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